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洞窟の奥にぼんやりと灯る淡い白と黄色の無数の光。辺境の地にも関わらずしっかりと地面に根付いたソレは高さ5、6センチの頼りない細い茎を上へと伸ばし、二三枚の葉を付けている。

茎の上に乗った花弁は白から黄色へと徐々にグラデーションしており、僅かに開いた花弁から淡い光が零れていた。まるで花弁の中心に灯りを閉じ込めたかのようにその花自体が淡く光っている。

幻想的にも見えるその光景にライヴィズ以外の者達は顔色を無くした。

「あれはっ…サーシェ!」

「馬鹿な、何故あの花が此処に!あの時全て処分したはず」

「ライヴィズ様…。これはまさか、またハナヤが…」

岩場一面に咲く幻想的で綺麗なその花の名はサーシェ。

リョウレイの問い掛けにライヴィズは右手を薙ぎ払うように軽く振り、一面に広がっていたサーシェの花畑を跡形も無く焼き払って紫電の瞳を細めた。

「サーシェ…、悪魔の花。己が一族を殺した花を奴はまだ後生大事に持っていたか。どこまでも愚かな男だ」

ふわりと焼け跡から薫る甘い匂いを指先を振り、小さく発生させた風に外へと運ばせる。
風が通り抜け、微かに感じた花の甘い匂いに最後尾にいた部隊が慌てて鼻と口許を掌で覆った。

一見可憐で綺麗な花に見えるが、サーシェという花は魔族にとっては害にしかならぬ花。サーシェの灯す灯りは花の密が花弁の中に溜まって光るもので、その密が甘い匂いの原因でもある。

そして…、その匂いを長時間嗅いだり、蜜を口に含んだりした者は魔力の増幅と引き換えに中毒症状を引き起こすことで知られていた。最悪、増幅した魔力に使用者が耐えきれなくなり死亡。又は魔力の暴走により一つの集落が消滅するという事態にまで発展した事が過去には幾度かあった。

故にサーシェの栽培は何千年も昔から魔王の権限により禁止されてきた。
その禁をハナヤ一族は破った。

カツリと足を踏み出したライヴィズは先へ進む為にカケルの魔力を感知しようとしてこれまでの非では無く、ドクンッと強く跳ねた鼓動にキツく胸元を掴んだ。

「ぐぅ…っ…!」

「ライヴィズ様!?」

いきなり胸元を掴み、荒い吐息を吐き出したライヴィズにニアスが触れようとして手を伸ばす。

「どういたし…っぁ!?」

しかし、その手はライヴィズの身から零れた魔力により焼かれてしまう。
反射でニアスは右手を退いたがライヴィズの魔力に焼かれた右手は赤くジクジクとした痛みをニアスにもたらした。

「――っ、…妃殿下に…何か…」

すぐさまリョウレイがニアスの右手に治癒の術をかける。

「…っ、カケルの魔力が」

「妃殿下がどうなさった」

らしくもなく苦渋の表情を浮かべたライヴィズにニアスの言葉を継いだシュイが先を促す。

「桁違いに上がっている。…このままではカケルの器が…持たない」

「何ですと!?それは…」

胸元をキツく掴んだまま一歩、ライヴィズは足を踏み出す。

「カケルの元に誰か…、いや、あれはハナヤの生き残りか」

感知した凍えるような魔力と上昇し続ける絶大な魔力にもう一刻も猶予は無い。

昂る感情に呼応して紫電の瞳が苛烈さを増し、色身が深さを増す。

「…行くぞ。雑魚共は捨て置け」

目だけで背後を振り向いたライヴィズは重みのある声でそう告げた。










強烈な魔力の匂いに誘われるように足を運んだその先にあの凍てついた蒼銀の瞳を持つ男は居た。

そして、足元に敷き詰められた淡く光る白と黄色の可憐な花が場違いのように咲き誇り、幻想的な光景を作り上げていた。
そこに充満する甘ったるい香りが酷く不快で眉をしかめる。

「無傷か。中級の奴等には荷が重かったか」

現れた俺を舐めるように見た蒼銀の瞳を持つ男、ハナヤは俺が無傷なことに悔しがるでもなく感情の籠らない声でそう言った。

「戯れ言を。あんな奴等に俺がやられるとも思ってもいなかった癖に」

その証拠に貴様が出てきたのだろう?

頭の天辺から爪先まで、ハナヤを見つめて唇を歪める。

「我が王に牙を向けた逆賊。その罪、命を持ってあがなえ」

指輪の嵌まった左手をハナヤに向け、翳す。バチリと音を立て掌に出現した赤い力の塊に、肉片一つ残らぬほど高い殺傷力を編み込み一気に解き放つ。

「――死ね」

言葉と同時に赤い塊は一本の矢になりハナヤ目掛けて飛んでいく。
鋭い風切り音を残し、赤い矢はハナヤを射る直前…パァンと弾けるように消し飛んだ。

「なにっ?」

「はっ…、何の準備も無しに俺が現れたと思うか?」

微動だにせず、くつくつと笑ったハナヤの身を足元から立ち込めるように噴き出した黒い霧が覆っていた。

「――行け」

もぞりと蠢くようにかかる黒い霧はハナヤの言葉を聞き届け俺に向かってくる。

「こんなもの…」

その霧を振り払うように魔力を宿した左手を右から左に払う。瞬時に構成された密度の高い赤い壁が襲いくる黒い霧を阻み…きれずに眼前へと迫った。

「なっ…」

目の端に黒い霧に浸食されていく赤い壁を留め、俺はその場から飛び退く。
ぐしゃりと足元に咲く花をいくつか踏み潰せば、酷く甘い香りが身体にまとわりつくように立ち昇った。
くらりと一瞬視界がぶれる。ぞくりと身体の内側から快感にも似た震えが込み上げ、ドクンッと一際強く鼓動が脈打った。

「ンっ…は…っ」

己に起きた異変を気にする間も無く、ざわざわと後を追うように迫りくる黒い霧に俺はすぐさま反撃に転じる。
身を切り裂くほど鋭い風の玉を作り上げ、黒い霧へとぶつけて相殺させる。それと同時に練り上げた無数の赤い刃をハナヤへと走らせた。

だが、作り上げたその風も刃も黒い霧に触れた途端弾かれ、一部は吸い込まれるようにして消えてしまう。

もぞりと色を濃くして広がった黒い霧が蠢く。

「なんだ…それは。不快な」

見間違いでもなく吸収された魔力に、得体の知れぬ不気味さを覚える。

魔力を帯びてはいるが、おぞましい気に満ち溢れ過ぎている。闇夜と血の臭いを濃く溶かしこんだような禍々しい黒き霧。

「不快?ククッ、まぁそうだろうな。これは奴の産み出した恨みそのもの」

スッと細められた蒼銀の瞳が鈍い光を宿す。ハナヤは軽く右手を振り、漂っていた霧の一部を漆黒の槍へと結晶化させると右手に携え構えた。

合わせるように俺も右手に緋色の剣を作り出し、構える。

いくら魔力を打ち出しても黒い霧の前では吸いとられてしまい無意味。ならば直接ハナヤに切り込むしかない。

剣の切っ先を斜め下に下げ、一気に距離を詰める間だけ持つよう魔力で身体を覆って踏み込む。

「ふっ――」

足元に咲く花を散らし、不快な霧の中を抜けハナヤの首を狙った。

ガキィン、と金属のぶつかる音が響く。
間近で絡んだハナヤの目は温度を無くしたように冷ややかだった。

「くっ…」

どういうわけか際限なく溢れてくる力に、俺は続けざま二撃、三撃目を与えていく。剣に魔力を乗せ、徐々にハナヤを圧していった。

自然と身体の奥から迸る攻撃的な赤い魔力が黒い霧を遠ざける。
紫電の瞳は鮮やかさを増し、赤に近くなった双眸は熱を宿してゆるりと笑った。

「どうした?貴様の力はこんなものか?」

剣へと上乗せされた魔力が空を切り、ついにハナヤへと届く。
ざくりと…首元へ埋まった刃にハナヤの唇が歪な弧を描いた。

「っは…掛かった、な」

「なにを…」

だらりと一度落ちたハナヤの右手が持ち上がり、首元に埋めた俺の剣にハナヤの手が触れる。
ズッと僅かに押し返された剣の隙間から赤い血では無く、黒く禍々しい液体が噴き出した。

「――っ」

咄嗟に剣を引くも力が入らず…、俺の魔力は剣を媒介にしてハナヤへと奪われていく。露出していた手や腕に付着した黒い液体がじわじわと肌の中へ侵入してくる。

「っ…ぁぐっ…の…!」

おぞましさにぶるりと身体が震え、罵倒しようと開いた口からは喘ぐような声が零れた。

ずるりと無理矢理魔力を引き摺り出される不快さに本能が抵抗するように際限無く魔力を発動させる。身体の内側で急速に膨張し始めた魔力に、皹の入っていた指輪は呆気なく砕け散った。

「ぅ…はっ…あっ、ああぁあっ――!」

剣の柄から離れた手で己の身体を抱き締める。
背に流れていた銀髪が舞い上がり、瞳が濃い血の色へと変わる。

どくどくと激しく胸の奥底から込み上げてくる熱の熱さに胸をかきむしり、立っていられなくなって俺はガクリと花の上に膝を付いた。

「ぐっ…はっ…ぁ…」

ふわりと鼻腔を擽り出した甘い花の匂いに喉が鳴る。
先程まで不快でしかなかった酷く甘ったるい花の匂いが、今は酷く芳しい。

「っ…はっ…っくぁ…ぁあ!」

首を切られて尚平然とした態度を崩さないハナヤは苦しむ俺を見下ろし、首元から垂れた黒い液体を右手で拭うとグシャリと花を踏み潰して俺の側に膝を付いた。

「苦しいか。だが我らが受けた苦しみはもっとだ、もっと」

ハナヤの言葉が耳を抜けていく。
俺は奪われた魔力を補給する為に知らずサーシェの力を身の内に取り込んでいた。

「もっと…苦しめ」

ハナヤは右手に付着した黒い液体を舐めとると強引に俺を花の中へと押し倒す。
そして抵抗する間もなく噛み付くように唇が重ねられた。

「っんぅ…ふっ…ぐっ…」

性急に唇を割って入ってきた舌が、どろりとした液体を喉の奥に流し込んでくる。
身の内で暴れまわる魔力が直接口から注がれた穢れた血に反発し身を裂くような激痛が身体を襲う。見開いた赤い瞳から涙が溢れ、ハナヤに押し倒れた身体がビクビクと小刻みに震えた。



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